
Blackmore's Night 1997/11/04 コンサートレビュー
それは1997年の秋だった。何気なく立ち読みしていた情報誌で Ritchie Blackmoreのテキストを発見した。Blackmore's Night初来日!「うぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」速効の帰宅、案内にあるとおりインターネットで UDOサイトへアクセスする。なになに・・・電話で予約の云々・・・いつもと同じかよ。家内に聞くと絶対一緒に行くとの事で早々2枚注文。しかし・・どの会場へ行くかは少々迷った。時期的に長女の転校(隣の小学校)と重なり、親として予定がどうなるか一抹の不安があったからだ。取りあえず日帰りできる神戸なら安心ということで、ハーバーランド2枚ゲットする。おう?10列目!今までの最前列じゃないか、それも 32&33というと やや右よりで Ritchie御大の正面じゃないか!感激しきりの幸先である。1995年(大阪府立体育館)虹ん時は、知らぬが(地獄)と来日情報さえ知らなかった。遅れて手に入れたチケットは2階左席で泣いたもんなぁ・・と振り返りながら。(緊急でズーム付き双眼鏡を買い込む) チケットはとりあえず当日まで神棚だぁ。ほほほっ。
4月に Blackmore's Nightのファーストアルバムが出てからというもの、嫁さんもなんだか凝り出してしまい、夫婦揃って黒衣装が増えていくみたいだ。(笑) 嬉しいような悲しい財布と共に、いよいよ11月を迎えていくことになる。当日は車で行く事にした。子供達は義姉貴に面倒見てもらおう。案の定 この日は長女が転校初日(~_~;) ということ。即日学校の様子も聞いてやれない事は、不幸な家庭に生まれたと諦めさせるしかない。10月も後半になると、オフィシャルサイトを毎日のように覗きにゆくようになる。そこで思い付いたのが朝日放送:ニュースステーションのWWWサイトだ。ジャズだろうがロックだろうが、アーティストしてゲストとして招き我々を驚かしてくれる久米 宏さんの番組。「もしや_??」との思いが少しあった。”Blackmore's Nightが初来日するが呼んでくれたら嬉しいなぁ〜〜〜〜、あのディープパープルの Ritchie Blackmoreだぞぉ、TV嫌いだろうからでないだろうな?でも出たら嬉しいなぁ”なんてメールで発信したわけだ。
それが現実になった!10月30日のGUESTで Blackmore's Nightが朝日放送の電波にのったのだ!朝刊をいつもの様にTV欄から読んでた私は、「Ritchie Blackmore」の活字に奇声を発してしまった。生 Ritchieである、リアルタイムである。これは1997年の脅威だ。Blackmore's Night初来日どころではない。一地方紙、山陽新聞紙上-国内民放TV欄にRitchie Blackmoreの活字が載る・・・アアァ。合掌・
いよいよ11月4日の当日、嫁さんの軽四(ミニカトッポ)でチンタラ道中をすることになった。2人だけの車中移動は10年ぶりなので少し恥ずかしいぞ。ハーバーランドは場所が分からないので、神戸住まいの友人に電話で確認すると ”案内板のとおり進行” してノープロブレム、駐車も可能とのこと。時間にも余裕をもって出たせいで早く着きすぎの PM3時。聞いた話とは違い、どこも警察署のキャンディスが駐車取締をやっていて・・一時停止さえままならないゾ・・・なんだこれは?。会場の廻りをうろつき、とりあえず遅くまでやってる駐車場をGETし車を預ける。7時の開演までには、かなり時間があるので、かみさんと廻りを徘徊することにした。周辺のダイエーとかテナントのセクションは、なんと全館が休日閉店なので遊ぶところがなかった (-_-;)・・・ そんな中、なんとかファーストフードで適当に腹ごしらえをし、キャンディスヘの花束を買い、前日に和英ソフトで作ったメールを忍ばせておく。(親愛なる Blackmore's Night、日本へようこそなんて書いたんだ)既に何人かは会場前へたむろしている。裏口はドアがオープンになっていて、でぶっちょローディが待ち構えていた。とりあえずハローと声かける。親指サインが返ってきた。これから来るんか?なんて期待もしていたが、何気なくやり過ごした。UDOの関係者らしき若いやつに花束を言付ける。私は SC55 の事が気になり、あまりうろうろしたくない(該当ページ参照)。上着の脇あたりが妙に不自然なのだ。花束や周辺のレポートは、かみさんに任せる事にした。
会場前には既に多くの仲間が集まっていて、いかにもそれらしいのから(笑)娘集団、親子連れとか、世代を超え新旧 Ritchie Blackmoreファンが集うエリアに感心してしまう。ふと自分が既に部類のFANだと実感がこみ上げる。いつも感じることだが、目的意識の同じ奴らが集う集会並み?の群衆って宗教じみたものを感じてしまう。なのにどこかで必ず揉めているヤツがいるのは何故だ?。
いよいよ開場となる時間には列順に整列させられ一挙しての入場行進だ。指定席なので慌てることはないのだが、列の後ろになると損した気分はなんなんだ?。あんなに早くから来てるのに・・
パイプ椅子の席をやっとみつけ、荷物を上さんに任せ一端フロアに出る。缶コーヒーで喉を潤しニコチンの補給をする。そして深呼吸も。
場内ブザーが鳴り、いよいよ開演、前座は、「バースト・フルーツ」というフォークグループ。テレビの主題歌を歌ったりしてるらしいが、私は知らない。{聞いたような?}感じでやり過ごす。私はこのジャンルの歌でシャウト奏法を使うことが嫌いだ。だからヤダという感想しかないのだが取りあえず、きばって歌うのは止めてくれなんてグチャグチャ思ってたら、上さんは頭痛くなるねなんてぼやいてた。主催者やレコード会社の連中も何考えてんだか判らない。今日の(客層)セットでこのグループがどう思われるかなんて考えないのだろうか?無頓着もいいかげんにしろと言いたい。出るとこさえ間違いなければ「バースト・フルーツ」の為にもなったろうに・・・ちゃんとしたマネージメントしなさい。正規のファンの前でやらせてあげてあげましょう。(編集注:バーストフルーツは年末の音楽番組で出ていました。今年を振り返るコメントを言っておりましたが、勿論御大の事も言っていました。”Ritchieさん、居るだけで存在感が凄くて云々”と結構褒め称えていました。イイ奴らだ。)
やがて30分にも及ぶ前座が終了、SEサービスで突然、"THE CLOCK TICKS ON"のメロディーが流れ始る。聴いたことあるメロディーが混じり始め、Black Night etc。・・・うーむ。打ち込みと判るこのサウンドは、後にドイツのDes Geyers Schwazer Haufenというバンドの曲である事が判明しました。(ありがとう Ritchieもどきさん&へびつかいさん)&(私も欲しいぞ(笑)Copylight c.へびつかい )我が岡山県ではこのデスの音源入手は不可能です。
やがて暗転、歓声いっぱいの場内、いきなり Ritchieのギターがゆっくりとアルペジオを奏で キャンディスの歌声が記憶にない歌詞で空気を揺るがします。スポットはキャンディスへ、照明ONとシンクロして Am-F-G-Em-Amとコードイントロがはっきりし、そうだ!これしかないだろうの Shadow of the Moonが始まる!そして久々の感動と鳥肌の私。!ステージは幾つかの観葉植物とバックスクリーンにはアルバムジャケット風のイラスト&大きなお月様。この 月 は照明で明るく照らされて綺麗だった。
ここで問題が起きた。斜め前方に障害物発見。Ritchie & Candiceの間にあるそのイガグリ坊やが邪魔なのだ・・・苦労してSC55を持ち込んだのに、この後大きくコンサートの楽しみ方が変わったのである。
視線は Ritchie へ、おぉ!ギターが違うぞ。これはショックだった。アコースティックを想像していた私には何故??という疑問しか湧かない。後からの情報では、腱鞘炎で今回のツアーが危ぶまれたそうで、私が思うには、テンションの弱いエレキにすればツアー可能なのではないか?、そして急遽作成されたブラッキーテレキャスターと想像する。それにしてもアレンジしているとはいえ、アルペジオを前面に出したアレンジにも参った。降参である。単調なアルペジオだけでも Ritchie節がてんこ盛りなのだ。その音質もエレキのスチール音とは明らかに違い、アンサンブルとして Ritchieが一番オイシイ定位をキープいている。もしかすると太い弦で艶のある音、+小さ目のスピーカーとステージエコーが有れば私にも雰囲気でるかもしれない?。さては「ギターシンセ?」等と想像してしまう。時間とともに曲も進んでいくと同じアルペジオでありながら違いがあるのは、やはり使っているなと、まがりなりにもギター弾きの端くれとしては想像するのであった。
イガグリにCandiceが阻まれ、終始 Ritchieだけを凝視する私。サウンドに酔いながら改めていろんな事を思う。ギタリストは沢山居るが 御大ってあまりフレットを見ないなぁ。頭んなかでスケールを組み立てたりフレーズ作ってんのかなぁ?それにプロになれば成るほど体でリズムを刻む事しないなぁ、なんて。・・・(拍子を体で取ってるのって嫌いなんです。特にアマは勿論駆け出しのバンドはこの傾向が強い。ハイレベルのアーティストの場合だと、曲にノッて体をあわす事は有っても、ボディリズムから奏法へリズムを持ってこないってのが私の定説。)。
長い長いギターソロ。たっぷり聞かせてくれました。余所をみると速弾きだのエフェクターの音ばっかりの昨今の ROCK界でありますが、今目の前に有るのは、きっちりと Ritchie流マジックワールドを聞かせてくれている尊士であります。
BE MINE TONIGHT
ここでやっとジェシーの声を確認することが出来、あらためてバンドで来てたことを思い出す。凝視もここまでくると病気である。
その姿を見る。小柄と言うのが第一印象なのだがインタビュー記事で書かれていた以外のスペックは不明。しかし写真よりデブッチョに見えてしまったのは、衣装と視角度だろう。ジャンボ?ギターを抱えてる姿からは小柄に見えるんだがなぁ。Ritchieはというとアルバムどうりのスタイルをきちんと披露してくれました。従来から曲によってアドリブだったり固めだったり、ライブの奏法も色々なわけですが、Blackmore's Nightに限ってアルバムスタイル重視でソロやったほうが決まる曲は多いと思った一曲であります。
PLAY MINSTREL PLAY
スローな前半部は、初めて聞いたとき「これって・・・日本語の歌詞だったら昼メロの主題歌にぴったり」と不純な感想を抱いた曲なのだ。ウォームなキャンディスのボーカルは声域こそ狭いが暖かいてよろしい。
フルートは無いけど、キーボードのジョゼフがシンセでチャプチャーしてくれましたね。サビからの例のフレーズが結構高速だったので心配しましたが、Ritchie 先生は無事弾いてくれました。コピーしてみて初めて判るんだけど、あの後半のサビのリピートはギターだとかなりトリッキーな運指なのですよ。
ST.TERESA
ジョーン・オズボーンのカヴァーで、1995年発表ファースト・アルバム、"RELISH"の1曲目に入っているらしい。Ritchie は一部を除きバッキングはコードストロークをやってるので驚いた。間奏では得意のハンマリングON.OFFのパレードだ。いかにも Ritchie節で狂喜乱舞のわたし。これがアドリブで自由自在に出来れば私も Ritchie教の幹部だな!
MINSTREL HALL
「This is a song. MINSTREL HALL.私らのお家も MINSTREL HALLよ」とキャンディスのMCを聞いた後「え、テレキャスですんの?」と驚く、生アコでの音が聞きたかったので少々残念だ。Ritchie、演奏中に入魂すると天井を向くのは最近の癖か?と感じるが妙に格好いいので自分も真似ようと思う。天井見たままの2拍子&スキップ歩行もそうだ。感情移入して弾くにはピッタンコの曲ですなぁ。ハンマリングON.OFF、トリルの嵐!。アコギ Ritchie少年はこの曲から入るとよいでせう。
アルバムから初めて聞いたときには「ヲイヲイ、一部 甲斐バンド入ってないか?」と思ったのも事実だが・・・{♪裏切りの町角歩いてきた〜}
UNDER THE VIOLET MOON
新しい曲、ジプシーの匂いプンプン。
MCでは今度のアルバムに入るかもしれない事と、先週ブレンドされたように言っていた。が、オフィシャルサイトを見る限り、夏のプレコンサートでやってるじゃないか?
インタービューで言ってたのはこの曲だな。日本的とか言ってたが、あらためて思うに{これはバラライカの国、ロシアンと思います。一部、間奏では大滝エイイチ−さらばシベリア鉄道入ってます}。
しかし。。。バイオレットとか、パープルとか色ものお好きなようで、次回は何色になるのでしょうか。後半は、いかにも日本人好みなリピートで会場との掛合いが始まる。はやくシングルでもいいから欲しいぞ。
帰途で思ったのだが、この曲は日本人がカヴァーして日本語で出すべきだ。メジャー路線に乗ると思います。>レコード会社。
TEMPLE OF THE KING
MCで次曲はレインボーの曲と言われ「ワォ〜」と場内。Ritchieのイントロでの曲紹介も「ワォ〜、ピュ〜!」キャンディスのボーカルはロニーと同じ Am。オリジナル&新生レインボーとは、また違った雰囲気で楽しませてくれる。95年にステージで聞いてからは、あらためて「いい曲だったんだ」と感じたファンも多いのではないだろうか。曲調も単純だし覚え易いメロディー、なにより私は歌詞が好きだ。Ritchieは歌中のオブリガードも決まってるし、ソロでは新しいバリエーションを聞かせてくれて嬉しかった。ドラマティックに展開するソロプレーは感情入魂スタイルがよく決まる 御大なのだ。
この曲から、場内手拍子が入りだす。本来そういう曲ではないはずだが我慢する事にした。しかし、2,4拍目でならいざ知らず 1,3拍で拍子打つ奴等には閉口する。世代の違いとも感じたが、聴いていてキレそうにもなった。よく考えると歌謡バンドのコンサートでも連中はそんな風だなと思い出し、風潮か?なんて考えてしまった。ミュージシャンからみれば「やりにくいのぉ」としか感じないし、きっと Ritchie も心の中で苦笑いのはずだ。リズムオンチさんはスネアドラムに合わせれば大丈夫なんだよ。
(ソロスタイルを真似よう:Blackmore's Nightになってギターネックは15度〜50度の間をリズムに関係なく大きく揺れます。特徴としては決めフレーズ付近になると脇角度が結構大きく開いてきます。勿論目は瞑っておくのがポイントです。)
SIXTEENTH CENTURY GREENSLEEVES
またまた MCに「ワオ〜」の連続。Ritchieいきなりのストロークプレー!。コードストロークで幅効かせているので、ソロはどうなるのかと心配したが、しっかりとしたミキシングでビンビン弾いてくれました。ロニーの印象がかなり強いので、キャンディスには辛いかも知れない曲だな。ファンサービスってところか?・。
RENAISSANCE FAIRE
キャンディスが何やら話した後、Ritchie、マンドリンを下げて舞台中央へ。ペニーホイッスルを吹くキャンディスと仲睦まじい Ritchieの図がスポットで照らされる。導入部分の短いソロだがマンドリンアルペジオ聴かせてくれました。帰還後マンドリンで真似てみましたが、やはりギターと同じ4度チューニングでしたね。もっともルネッサンス調と感じていた曲で、マンドリンと曲、アレンジ等バッチリだ。ジョゼフがリコーダーを吹いていたらしいが、私の位置からではジョセフがさっぱり見えない。
6/8拍子は、Ritchieサウンドとして初めてだったのではないかなぁ?。
MOND TANZ
なにやら Ritchie 、軽くソロを奏でる。MOND TANZのイントロである事はすぐに分かった。
やがてそれはスパニッシュ系のスケールとなり「オヤ?」。場内静かな中のスローなギターソロ、ここでミスると台無しだぞ。師匠頑張れ!。
リズムスピードも戻り、聴きなれたイントロ。本来「モダンなダンス(ドイツ語らしい)」という曲の始まりだ。アルバムと違いトリルが忙しい。そこまでやるかと聴かせる。そうだ・・私には出来ないぞ、、リフのリピート間では短い速効アドリブが随所にある。{注:アルバム初聞での感想−これって7人の小人(by 白雪姫)が山へ出かけるときの音楽だねと思った}
ARIEL
レインボー95でドギーの印象があるだけに少し心配。キャンディス、ボーカルノートを少々変えてるみたいである。こんなスローなのにインプロでソロ入れるとミスれんぞ、等と感じながら聞いていた。終盤のリフ部分がかなりリピートするので「何かやるかも?いや、終わり方がわかんないのか?」と心配したのだが、無事お決まりのエンディングで終了してしまった。
THE CLOCK TICKS ON
「パァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」「ピィ〜〜ン」とギターシンセで Ritchie、トランペット系でジョセフと掛け合い?と思ったら導入のイントロであった。オリジナルが物静かな曲なので、まさかこの曲とは感じなかった。
交響曲を彷彿させる?アレンジでイントロが流れる。歌に入ってストンとテンション下がるところなんぞ鳥肌もんだ。元と同じリフ使い回しのイントロなんですがね、この導入アレンジって好きです。合唱したかったサビの繰り返しは「ちゃんと歌詞覚えておくんだった」と悔やまれる。
Ritchie、後半でリピートリズムに乗り、舞台上方の照明を指差しガッツポーズを上方へ。照明係にサインを送っているようだ。やがて照明はリズムとシンクロし赤と青でダンシング。お決まりの最終フレーズとともに終曲。最後に Ritchie、シンセ音でワンフレーズおまけが付いた。場内暗転−コンサート終了である。「あれぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜短くない?????」まぁいいかぁ、、で、ニッポンチャチャチャタイムの開始である。
後日談:楽器店へ走り、店頭のギターシンセでこのイントロを真似してしまった。成る程、やっぱり欲しいぞ。
ENCORE
STILL I'M SAD
ギュイ〜ン。。Ritchie ストラトぶら下げて登場!! アドリブプレーで場内は狂喜乱舞。。。イケイケモードである。
廻りは全てスタンディングで、前が見えない。やはりレインボーの曲はストラトに限る!。ファンサービスの曲とは思うが、キャンディス−ちょっと key下げすぎ?? もう一音くらい移調すればいいボーカルになったのに。惜しい!。
テレキャスの件といい、この取り合わせといい Blackmore's Night のコンセプトからツアーの連携が巧く頭の中で整理が出来ない・・・うーん、、、いいのだろうか。私「そろそろ爺習い(注:頑固者のはじまり)」としては終始徹底してルネッサンスとオールドスタイルを保持して欲しかった。と不幸にも騒ぎの中で感じてしまった。4拍の手拍子と私世代では、明らかに生きてる次元が違う。。。これも新旧取り乱れる Ritchie ワールドの宿命なのか?、地元駅前の地下バーあたりで Blackmore's Nightを生で、それも客20人程度で聴いてみたい思いにかられる。(そりゃ無理だわ)。しかし Ritchieがやりたい事をやれるようになったとは、そういう時なのかもと感じてしまった。
SC55の事が気になり動けない。巧い事隠し場所を見つけて起立するも、斜め正面にこちらを向いたガードマン発見。だめだ。。。SC55よ、君のオメメはライトで反射するんだよ。最初からそのつもりがあれば、最後列のほうが何かと都合がよかったかもね。。。
〜DIFFICULT TO CURE
おうおう。。。やってくれるか?と思ったがワンフレーズで終了。
〜BASS SOLO
ソロになって始めてベースの音質に気づく。リズムセクションが低音寄りの為、なかなか気付かなかったのだ。元々邪魔しない程度に控えめなミキシングだったようだ・。
こういった音楽では目立ってはいけない、そう考えると君はプロだよ。いい仕事をしていたね。
〜KEYBOARD SOLO
今回は Ritchie がシンセ使ってる為、時としてジョセフの音と混同する事が多かったのだが、私もKeyborderです、とばかりにソロを披露。白ずくめの旧式衣装で「給食のおばさん!」とも思ったのだが、しっかりサポートしてました。
終演、場内照明灯く。アンコールリクエストは有るものの再登場はとうとうなかった。 NO SECOND CHANCEが聴きたかったのに。残念だ・。
流れに任せて場外へ出る。とうとう帰途を迎えるのだ。徒歩で移動してると舞台裏横を通るようになるのだが、「まだ居るんだよなぁ」と思いながら楽屋方面をずっと凝視する。Ritchie グッズ屋さんが沢山でているも「非認知グッズなんて買わんもんね」とやり過ごした。
駐車場まで着き、終演と同時に重いと感じるようになった SC55を車内にセット。帰路ではずっと再生するのだ。テープエンドで家に到着するという計算だ。曇天の空、岡山県に入り和気町あたりで雨に迎えられた。やはり今日の月は神戸へ出張だったみたいだ。
嫁さんは終始「夢みたいだ」と言っていた。外タレコンサートは、高校生のときの「スコーピオンズ」一回だけの彼女は、4月のアルバムから半年後のコンサート迄が未だに信じられないのだろう。まさに我が家の1997年は Blackmore's Nightの年であった。
そして来年も・・・・・・・・・・・
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編集後記
さて、本コンサートは12曲と少なかった。これは「絶対 勘違い」と思う。あの世界の神戸で怠慢するわけないと Ritchieフリークの私は断言する。通常プレーヤーはアンチョコに曲名を書いて自分の近くに置いておくか張っておくもんだ。主導権は Ritchie にあったはずである。そこで想像するに、他の会場でのセットリストと比較したら このツアーでは"M" で始まる曲の多い事!。 MINSTREL HALL、MEMMINGEN、MOND TANZ、MAN ON THE SILVER MOUNTAIN、4曲もある。行を見間違えしたとしたら?ということである。師匠・・・・そうですよね?。やったつ・も・りで次にいったんですよね。ということにしておこう。後日談:どうも移動のため時間が無かったらしい
以上は、暫定版という事で1998年3月吉日UPしました。
Ritchie 関係の各個人サイトの皆さんより収集した情報も、大いに役立てたのは言うまでもありません。改めてお礼申し上げます。4ヶ月以上にわたりレポートが送れたのは怠慢以外のなにものでも有りません。リクエストくれたファンの方々に、あらためてお詫び申し上げます。また、本文中の間違い、訂正要望等ありましたらなんでもメールで下さい。また伝言板への書き込みでも結構です。感想なども書いてくれると嬉しいです。Blackmore's Nightの Night はキャンディスの Night なのか 夜の Nightなのかという疑問にも答えてくれるとありがたい。
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ここが最後の行です。